対 偶

 

末の子が小学校に上がったのを機に澄子は五人の子をなした石崎と別れることを決意した。籍は離れるがその子らのために旧姓を名乗ることを認めてもらった。私立の中高一貫校に創立時に国語教師として参加したときから六年が経っていた。生徒たち相手の仕事は充実していたし、経済的にもさらに満ち足りていた。五人でも、十人でもひとりで育てていく自信があった。澄子は四十歳を迎えたばかりだった。一番上の子は中学三年生になっている。幼い頃から聞き分けがよく、長じては妹弟たちの面倒をよく見てくれた。学校の成績も常に学年トップだった。家で勉強する時間はとてもなかったのでこれは生まれつきの才というべきであきらかに石崎の遺伝子を受け継いでいた。

その石崎はどんどん輝きを失っていった。才に溢れ威勢がよかったのは、二十年ほど前権力に抗して学館に立て籠もっていた前後と、二年間の休学ののち大学に戻った澄子を物心両面にわたって支えていたときだった。いっとき仲間だった壹岐や桂たちとも離れて、新たな生き甲斐をみつけたように澄子ひとりに尽くした。眇(すが)めてみればそれも当時の腑抜け心がもたらしたものだったかも知れない。卒業と同時に結婚して石崎の故郷播磨に新居を構えた。親戚筋の工務店に勤め、日々営業にいそしんでいた。いつしか十六年が過ぎていた。働き者であり、子煩悩でもあったが澄子はどこかがちがうと感じていた。言葉に表すことはできないが、抜群の成績で理学部に入ったといわれている男には別の道もあったのにと思うのだった。

別れて暮らそうと提案すると石崎は言った。

「好きな男でもできたの?」

「凡庸ね。それはこれからよ。あなたとの関係が切れてはじめて考えることよ」

「君はそういうところは潔癖というか、倫理感が強いからなぁ。愚問だったね」

他人行儀に君なんて呼びかけるのはめずらしかった。若い頃はちょっとした口げんかでもみこちゃんがいつしか君に代わっていたものだった。それだけけんかをすることも議論を交わすこともなくなったということだった。言ったあとに石崎はあくびをかみ殺す風に見えた。頬の皺が歪んでいた。

「あなたもまだこれからの人だから、早くいい人を見つけてくれることを祈るわ。余計なお世話だけれど」