自己批判の欠落とその文学 さらに独自色に満ちた第三期の幕開けを導かんとする。そのとき花袋の目にとまったのが、「新派和歌」の与謝野晶子であった。画期の導き手にしようとしたのである。しかし、ここにも自然主義的偏向が働く。問題は、働いたことが第三期の設定を主導してしまうことである。

いずれにしても与謝野晶子への着眼や注目も花袋の慧眼がそうさせているわけではない。晶子の奔放な歌いぶりを高く評価するのも、同時にその歌いぶりに対する世間の顰蹙を軽く嗤って見せるのも、いずれも世間並である。それにもかかわらず、いずれも我が意を得たりの加算点にしてしまう。

自己批判からそうさせているのならまだ汲むべくところがあるが、時代の先端を行く思潮を今の自分とする、それが世間に先んじて云わせているがごとき、先見性に常に整合的な態度が優先するので、「今日の新しい詩境がかよはい一女子の手に開かれやうとは実に思い懸けぬことであつた」と、まさしく碧眼が見出した如き綴り方になってしまう。それでも構わない。目くじらを立てるほどのこともない。問題は、彼女に第三期の幕引きの役割を与えてしまったことである。「よく実際から湧き出す血汐と煩悶とを以て其咏歎の材料として」「短い三十一文字の中に非常に深い意味を加え、非常に複雑した思想を詠じて居る」だけであったなら、やはり問題だからである。

なぜなら花袋にとって第三期に位置づく詩人とは蒲原有明であって、「新体詩人の群、ことに有明などはこの時代から大いにその特色を発揮して、『独絃哀歌』などでは、藤村晩翠一派の夢想だに為さざるところに進んで来た」とする。故に怪しむのである。それはそれで言われるとおりだからである。にもかかわらずなぜ与謝野晶子なのかと疑いたくなってしまうのである。「此人の和歌は確かに新派和歌の有力なる基礎を作ったばかりでなく、当時に鬱積した新しい思想に開くべく鍵を与えたので、新体詩をしてさらに第三期の幕を開くべくいかに力を添へたか知れぬのである」とは、一体いかなる意味であるのか。

眼目の自然主義の剝き出しの精神を、晶子の奔放ぶりに認める以上に詩論上にいかなる意味を有していたかが怪しまれるのである。彼の小説の「肉化」に「いかに力を添へたか知れぬのである」ならともかく、泣菫・有明の詩の深層が見出そうとしているものは、かりに「肉化」という言葉を使うなら、言語主義的な言語の裡の「肉化」であっても、思想の「肉化」は言うまでもなく剝き出しの「やわ肌」のそれでもない。それに泣菫・有明にあっては、正しくは「霊肉化」である。結局ここでも自己韜晦を真似たかのような自己延命ための救済の引き札にしただけではないのか。吉札が見込まれたからである。

本来なら自分にも還ってしまうはずの藤村・晩翠批判も、いささか意表を突いた画期点の導き手の「発見」によって、かえって評論家花袋の手柄としてしまうのである。こうなっては有明への高い評価さえ疑われる。真に有明の詩史的価値を理解していたとは思えない。有明を出汁に使った回りくどい『抒情詩』の再評価として聞こえてしまう。それも深い意味での再評価ではなく、自己救済を恃んだそれである。

救済が問題なのは、彼の抒情詩の実態が問われるからである。救済に始まり救済に終わる。終わっていないので正しくは留まり続けるであるが、それが内部批判に晒されずいる秘密である。自らの詩(『抒情詩』)をそのままにして無傷でいられるところに真の小説はない。それどころか、詩と小説を表現行為上に相対化する道を閉ざし締め出してしまう。結局これが花袋流自然主義の本性までも晒すことになる。結局、なにも深まっていない。これが実態である。花袋だけではなく藤村にも通じることである。

『蒲団』後の『小説作法』で示された議論には、ほとんど目を覆いたくなるほどである。議論以前だからである。なにより用語が稚拙である。「簡単なる普通情緒」とか「晦渋なる個性情緒」とか、いかにも生硬な訳語そのままというべき詩的センスを欠いた言い回しに驚く。その上で拘ることなく言う。「昔の主観詩人は、自己の情緒に些の客観を与へないで、唯それを披歴した」と。「些の客観」とは自然主義的な「心理解剖」のことである。客観=心理解剖という皮相的な内省は、ほとんど牧歌的でさえあるが、あの時(『抒情詩』中の自作「序」)の高い言い回しはどこに行ってしまったのか。もうどうでもよくなってしまったのか。それが結局、花袋の詩だった。「記念」にもならない、「わが影」にもならない、単なる「つけたし」だった。

壱 はじめ(いちはじめ)1950年生まれ。詩論集「北に在る詩人達」、音楽論「バッハの音を「知る」ために」など。ブログ:http://ichihajime2012.blogspot.jp/  ツイッター:https://twitter.com/hawatana1

copyright © 詩の出版社 midnight press All rights reserved.