玄関から少し離れたところには羊やの南さんとその部下らしき若者が待っていた。小さな花束を小脇に抱えた南さんはすっと壹岐の前に出てかすみ草と菜の花をアレンジした花束を差し出した。そのさりげなさにすぐ応じようとしたが、左手が使えない壹岐は右手もぎこちなくやっとこさ花束の束(つか)をつかまえた。壹岐が振り返って桂の顔をちらっと見たので初対面の南さんに会釈した。石崎は怪訝な表情で成り行きを見守っている。うしろのいかめしい建物が大病院のように思えた。さしずめ壹岐は長い闘病を終えてやっといま娑婆に戻ることができた女性である。ありがとう、なんか勘ちがいしそう、か細い声で壹岐も言った。

「車で送ります。あなた方もどうぞ」

南さんは低い声で言うと車のある方を指さした。にこやかに微笑んだままである。小柄で、童顔だが、目に人を惹きつける力がこもっている。ときに鋭く三人を射る。部下があり責任もある働き盛りの男の目だった。アーノルド・パーマーのセーターにデニムのズボンという恰好はぼんぼん風に若々しいが年齢は桂たちとひと回りちがう。

救急車と一緒にパトカーがやってきて、窃盗罪で壹岐は現行犯逮捕されたがショーウインドーを叩き割ったことはお咎めなしとなった。アルバイトとはいえ身内の人間を「こんなことくらいで罪人にするわけにはいけんのじゃ」と羊やは被害届を端から出さなかった。灰燼の街でふたたび自社ビルを持つまでに業績を回復し得たのはあの閃光の日を奇跡的に生き延びた者たちの必死の努力と団結心があったからだ。それが心底身に沁みている。殊にこれからのある若い者の経歴に傷をつけるようなことはしない。人災であれ、天災であれ、自ら敗者になるわけにはゆかない。創業者で南さんの祖父は強い信念の人だった。みながその心を受け継いでいる。壹岐も桂もこんなナイーブな考えに触れるのははじめてで、少し気恥ずかしかった。でもいまはそれが稀有のことに思え、羊やのお人好しもお節介も腑に落ちていった。

「どこまで?」

助手席から振り向いて南さんが三人の誰にともなく訊いてきた。長身の若者は運転に集中しているが、答えが待ちどおしいというように耳たぶを動かした。

「港の近く、出汐町官有無番地というところです」

桂が答えた。南さんは何かを合点したように何度も首を縦に揺らした。