そこは倉庫として被服廠の一角を国から借りている熊平金庫が一時期男子寮として使っていたとき管理人が住み込んでいたところだった。いま石崎がアルバイトの倉庫番として常駐している。いつしかそこに夜毎かつての仲間や学生くずれがやってきて酒盛りとなり、話すことが尽きると他愛ないトランプゲームに興じた。それにも飽きると時間にお構いなく街に繰り出した。世間が好きでずっと同衾していたいのに世間からどんどん遠ざかっていくような生活だった。壹岐と桂は二階のかつての寮室に居候していた。あとの部屋には商品の金庫が型番別にぎっしり詰め込まれている。石崎は貴重品の入っていない金庫の番人だった。せめて札束がいっぱい詰まっていて、ここに強盗団でもきてくれれば血湧き肉踊るとなるんだがなぁと言う。石崎にはとびっきりのジョークだったが誰も笑わない。

「うちの寮は、来月寿退職の女子社員がいて、そこが空く。移ってきたらどうだろうか。借り上げマンションだから、ふたりで棲むこともできる。お店で働いてくれるかぎりタダだよ」

向かい合うなり口火を切った。思いがけない言葉に壹岐は目を瞠る。同席した桂は、そんなに驚かなかった。ここにいても羊やのように力強く生き残っていく見通しは立たない。新しい住まいを探そうと桂は思っていた。

「大損害を与えたのに、どうしてそんなに親切なんですか」

突っかかるような物言いだった。あるいは兄のような南さんへの壹岐なりの甘えだったかも知れない。

「あなたにふさわしい場が別のどこかにあると信じているからですよ」

諭すように、怒るように言った。これが南さんの最後の言葉となった。二回目に訪ねてくれたその一ヵ月後に突然発病した被爆の後遺症で命を落としてしまったからだ。期せずしてこの言葉は壹岐への遺言となった。アンチヒロインともいうべき壹岐は時に流されているように見えながらまったくの受け身というわけではなかった。「あなたにふさわしい場」を探していた。南さん亡きあと羊やであえて再び働きはじめたのもそのひとつだった。