舟入橋

 

封書が一通届いた。差出人は「土木建築一般・株式会社 原田組東京支社」とある。はじめて聞く会社名だった。桂にはほとんど縁のない業態である。それでかえって興味を掻き立てられ、慌てて封を切った。右裾に金の鶴の絵柄がレリーフされた分厚い葉書が出てきた。

「弊社社員の金山和登君がこのたび『安全優良職長』として労働大臣から顕彰を受けることになりました。そこで別紙ご案内の通り、秋の一夕(いつせき)皆様とともに此度の快挙をお祝いすることに致しました。貴殿におかれましては万障お繰り合わせのうえ是非ご参加いただきますようお願いします。十月吉日」

金山とは刑務所の正門を過ぎたところで別れたきり二十年が経っている。

塀に沿ったゆるい上り坂が太田川に突き当たる場所だった。ふたりして長い間立っていた。夜更けでも肌寒くは感じなかったのでおそらく春も盛りのころである。金山はもともと口の重い男であった。桂も彼の前ではほとんど何も話さずに済んだ。そばにいるだけですべてがわかった。元気になれる、心も和む、彼はそんな友のひとりだった。もう逢う機会がないかも知れないという予感から名残りを惜しむように見つめ合っていたのである。

別れの握手のあと金山は刑務所の塀が延びるのとは反対の北に向けて歩いていった。さらに勾配のつづく道は濃い霧に包まれ、うしろ姿は悠揚と消えた。その先の舟入橋を渡って西に向かったかどうか確かめることはできなかった。金山は橋の向こう側の屋根裏部屋に住んでいたのだった。天井が迫り、梁がむき出しの部屋には畳が敷いてあった。六畳ほどの広さがあった。立って歩くことはできなかった。坐っていても窮屈なので、肘枕で寝転がる。そうやって向かい合うのがいちばん自然な状態だった。