「来てくれたんだ」

「あたりまえだよ。あんな手紙を受け取って無視できるはずがない」

壹岐のことを知らせたのは下宿先の女将だった。あなたのことがうわごとにまで出てくる、逢いたがっている、一緒にいた男の人とはきれいに別れさせました、すぐ来てあげてください、と書いてあった。どんな病気で入院しているのかはわからなかった。

「明日母親が迎えに来るの。わたしはすぐに実家に戻って静養する。しばらく逢えないけど、きっとまたあなたの元に行く。それまで待っていて。あなたは今夜はここにわたしと一緒にいて。明日の夜は下宿屋の女将を訪ねてね。泊めてくれるはず。お節介、というより野次馬みたいにそれを愉しむおばさんで、あなたは嫌いなタイプでしょうが、悪い人ではないわ」

「ああ。なんでも言う通りにするから、早く元気になれよ」

一年か、と桂は考えた。秋田放浪から入院まで壹岐の身に降りかかった運命にくらべれば自分のそれは平穏にすぎた。まるで後日譚みたいな一年だった、と比喩にもならないようなことを思った。午後九時の消灯時間になると、

「きて」

布団の端を壹岐はからげた。

パジャマの釦ははずされ、ズボンは穿いていなかった。両手に抱きかかえながらかつて馴染んだ白い肌が甦ってきた。芯のかたさを確かめるように乳房に掌を這わせ、太腿を撫で、さらに奥の雌弁をあけようとしたとき、ふたつみっつ息を継いだ壹岐は、

「しばらくできないの。朝までじっとこうしていて。やっと、ぐっすり眠れそうだわ」

あたりがすっかり暗くなってから起き上がり、からだに絡みついた枯れ葉を払った。生きねばならない。それはどんなにしんどいことであっても一番はじめの課題だった。そのために壹岐は懸命だったのだ。二十年経ってはじめて桂は壹岐を知ると思った。

福本順次1949年生まれ。