通い路

 

コンビニの正面にむけて車を停めるとすぐ目の前で車椅子に乗った女性が突然しゃべりはじめた。五十歳前後、顔はやや浅黒い。目尻をつり上げ口の片端は鋭角に反っている。突然滑り込んだ車のことを怒っているのかと思ったがそうではなかった。運転席の桂を凝視(みつ)めているようで実は見ていない。心は虚空にある。ドアを開けると御詠歌のような呟きが聞こえてきた。

「ゆめのあと あとかたもなし  あかあかとみちてらすつき  いまはきえぬ…」

声音は風がそよぐようでも語句は明瞭であった。車椅子の横に種目別に鉄製のゴミ箱がいくつか並び、うしろの透明ガラスには背もたれからはみ出した後頭部が店内の風景と二重写しになっていた。髪の毛はほつれて逆立っているようにもみえる。車椅子の前を通るとき桂は橋の欄干をなにげなく触るように右肩に指先を当てた。かすかな電流のような震えが伝わってきた。彼女の左手が弧を描いて桂の手首を掴まえようとするが肩まで上がる直前で力尽きる。その間も呟きは繰り返され、途切れることがなかった。

「…くらいよみちを  ひとりいく  ゆめもついえぬ」

十数分後買い物を済ませて戻って来ると彼女の姿は車椅子ごと消えていた。