赤レンガの建物は鉤形に曲がっていた。凸凹だらけの砂と土の道は三百メートル先で別の棟に突き当たる。その一角が金庫の保管場所としていまも使われているただひとつの棟だった。見上げると二階の一部屋の観音開きの鉄窓が開いている。指さしながら「開きっぱなしだね。誰かいるのかな」と言うと、

「あのなかに一時期一緒に棲んでいたでしょ?  爆風で枠が歪みもう閉まらなくなったの。あの日からずっとあのままらしい。内側にガラス窓があったけどそれもはめ込み式でびくともしなかったような気がするわ。手前には鉄格子も入っていたわ、たしか」

「はじめて知ったよ」

「短かかったけどあそこにいた頃は愉しかったわ。鉄格子のなかのハネムーンのように思える。まだ仲間も残っていたし、気のさわぐ日々だった。桂にはどうだったの?」

「めくるめく毎日だった。だから鉄の扉も鉄格子も目に入らなかったんだ」

桂らしい言い草に壹岐がふふっと笑った。

右手の番所で呼び止められることなく玄関をすり抜け二階に通じる広い階段の前に立った。ここだけが吹き抜けの構造になっている。訪れる人は必ず立ち止まってバルコニー風の二階をひとわたり眺め回してから天井を仰ぐ。晴れた日は青空が見え雨の日は甘露のようなしずくが天板に濾されて落ちてくる。あの日を生き延びた建物はそんな霊妙な期待を抱かせる。壹岐も桂もほぼ同時に十数メートルもある高い天井を見上げた。十数秒ののち視線を元に戻すと壹岐は全力で正面の階段を駈けのぼった。