マネキン
ひとり戻り、ふたり戻り、そこに新たな仲間も加わり、毎夜のようにつるむことになった。また何かができそうな気がしていた。病から立ち直り、瀬戸内海をわたってふたたび桂の元に戻ってきた壹岐もそんなひとりだった。
酔いざましの散歩と洒落こんだつもりの桂たちとはわざと大きく距離をとって壹岐と陽子は歩いていた。夜明け前の青々とした街中を五人の男女が連れ立って歩く、もうそういうことは外の時代の空気と関わりなく、何よりも自分の中で現実感を持たなくなっている。歩くならひとりがいい、とまでは言わなくとも横一列も縦一列も、また三々五々もグロテスクな行進めいてアウトだった。
電車通りを北に向かっていた。背後の海へかすかな風が吹いていく。風が来る方角に天と地を分かつ稜線がクレヨンのいたずら書きのように浮かび上がり、風はひとりひとりを掃くように通り過ぎていった。五人は風の邪魔者だった。
交差点角の本通り派出所にさしかかったところで「きみ、名前は? どこかで見たことがあるなぁ」いちばん前を歩いていた石崎が不寝番の巡査に誰何された。本部構内に機動隊が入る一年ほど前、閉鎖が決まった学生会館に籠城して捕まったことがある石崎には謂われも身に覚えもあることで聞き捨てならなかった。人も物も荒れに荒れた一時期が終わり、朝まだきの靄に包まれた制服姿の巡査には勝ち誇った者の傲岸が感じられる。敗残者特有の僻(ひが)目かも知れないが、癪の種であった。巡査は本来は身をかばうべきジュラルミンの盾をうしろの戸口に立てかけ、長い棍棒を杖代わりにちょうど「休め」の姿勢で突っ立っていた。その無防備ぶりは世の平穏の証しだった。
「答える理由も、必要もない」
大きな身体のシローが石崎の肩越しに叫び、一瞬巡査が怯んだ隙を衝いて棍棒をひったくった。シローは灰青色の天を仰いで棍棒を繰り返し空に突き立てる。その度に足を交互に上げ下げし、威嚇するように地を蹴る。でんこしゃんでんこしゃんというかけ声があれば讃州の田舎でかつて見た巫女の踊りのようだが、シローの原始人のような敏捷な身のこなしに壹岐の記憶はもう一つの熱狂へと引き戻されていった。剣道三段の大男、竹刀を捨てて素手で教授も図書館職員も、右の学生も左の学生も、誰かれかまわず殴り歩いていた男だった。あの時代、春夏秋冬、雨の日も風の日も、学内を突風のように駆け抜けた男である。理論と行動をみごとに一致させる理想的な指導者だった三つちがいの兄に反発するかのように「殴りたいから殴る。それがなぜ悪い」と言ってはばからなかった。また「しらっと見物している奴も、美辞麗句を並べ立てて人を煽る奴も、ともに気に喰わん」そうも言ったという。