遠い縁
二三時五六分発の急行「安芸」が発車する間際になって冷たい風が吹きぬけるホームに突如明代が現れた。桂は背筋にいっそうの寒気が走るようであったが、明代と壹岐は桂を乗せた列車が去ったあと駅前大通りの向こう側にある終夜営業の喫茶店に入った。
「あなたとは一度ゆっくりお話がしたいと思っていたの」
明代は年長者らしい鷹揚さで壹岐を誘った。最近の桂の言動を訝っていた壹岐もいい機会だと考えた。明代はどんな小さな破片も見逃さずに採掘しジクソーパズルのように組み立てていく土器復元の要領で桂とのことを真っ正直に話した。壹岐も同じような心持ちになっていった。ふたりは朝まで思いの丈をぶちまけ合った。
桂は列車が走り出して一時間ほどはあれこれ悪い結果ばかりを想像し、身心の置き処に困り果てたが、そのうちもうどうでもいい、なるようになれ、とばかりに寝入りにかかった。いっとき眠りにおち、列車がふたたび海沿いを走るようになってから目覚めるととなりの窓際の席には同じ年頃の女性が坐っていた。照明をいちだん落とした車内でその女性のまわりだけが明々と輝いていた。目を半ば閉じていてもからだも顔も輪郭が鮮やかに浮かび上がってくるのでわが目わが心を疑った。ふっくらとした頬とくりくりとしたまなざしが窓ガラスにも映っている。何事かをじかに語りかけてくるような気がし、窓の向こうに壹岐か明代がいるのではないかと錯覚した。「どこまで?」と訊くとその女性は「大阪」と無造作に答えた。
「帰るの? 行くの?」
怪訝そうに桂を見つめて、
「どちらでもあるわ」
あなたは? と訊いてくれないので桂は、
「ぼくは就職試験を受けるために東京へ。いま親しい人たちに見送られてきた」
鉢合わせの気まずさを振り払うように感傷的な口調で言った。
「深夜なのに見送る人が複数いるなんてうらやましい」
「たったふたりだけどね」
「私はね、血のつながったおばあちゃんに逢いに行くの。でもすぐにもこの世から消えてしまいそうなので、お別れを告げることになるかも知れない。間に合えばだけれど」
「きっと間に合うよ。ぼくは祈るから」