パゾリーニ探索一〇

世界に対する根底的な拒絶

  ――『豚小屋』(一九六九年)のメタファー――

                              兼子利光

 

 

『インドに関する作品メモ』から『豚小屋』へ

 

〈罪を贖われたブルジョアはその持っている権利のすべてを放棄すべきだ。

 そして、これを最後に権力の観念を魂から追放すべきである。〉

            パゾリーニ「若者にイタリア共産党を!」(一九六八)

 

これは、パゾリーニが六八年、ローマのヴァッレ・ジュリアでの学生と警官隊との衝突で、「私は警官たちに共感する」といって世界的な反響を呼んだ、詩のかたちで書かれたメモ「若者にイタリア共産党を!」の一節である。パゾリーニが『テオレマ』で、パオロというブルジョアが経験した宗教的な啓示あるいは精神的な変容を通して提起した「労働者への工場の贈与」つまり大衆への資本の転移という考えがここに明確に示されている。そして高度な消費資本主義が世界的に限界を見せている現在、このパゾリーニの考えはその有効性を失っていないように思われる。

パゾリーニの次の作品『豚小屋』(一九六九)はこの『テオレマ』にもまして、理解するのに困難な、さらに小市民的なつまりは常識的な立場からすれば、極めてグロテスクでいまわしいテーマがとりあげられている。

ところで、パゾリーニはこの作品の前に、『インドに関する作品メモ』(一九六八)という三十分の短いドキュメンタリーを撮っている。わたしはこれを三十年前に観ているが、ほとんど記憶になく、当時のメモとイタリア文化会館広報室の作成した資料をもとに少し触れてみたい。『豚小屋』のモチーフとも関連するからである。

パゾリーニはその頃、アフリカなどの「第三世界」を舞台にしたドキュメンタリーを構想していて、この『インドに関する作品メモ』はその第一段階となるフィルムである。インドの階級社会を背景に、足指の欠けたはだしの男や路上に座り込み乞食をする大勢の下層民の姿などインドの混沌とした様子、さらに死者の火葬などが映しだされる。そして、主要なテーマとして、あるマハラージャの神話的な伝説が語られる。それは空腹をかかえた数頭の虎の前に、彼らの飢えを満たしてやるため、自らの身体を投げ出すという一人のマハラージャの話である。インドでは虎は聖なる生きものであるから、虎に食われることでそのマハラージャは聖人となるのである。この話にパゾリーニは衝撃をうける。そして、パゾリーニは自身がわずか四、五歳の子どもの頃観た映画のポスターで、一頭の飢えで猛り狂った虎にむさぼり食われている男の苦痛に歪んだ顔を見て、恐怖にかられたのを思い起こすのである。

パゾリーニがインドに関する作品を構想していたとき、次のようなアイデアもあったという。それは、

「……さらにこれも観念的にはインド独立後のこと、つまりインドの近代社会に生じた諸問題に巻き込まれたこのマハラージャ一家にも食糧危機が訪れ、飢餓のために家族は一人ずつ死んでいき、遂にはまったく一家の者の姿は消えてしまう」(一九八六、イタリア文化会館資料より)

というものであった。そして、このモチーフは形をかえて、『豚小屋』にあらわれる。

 

荒野と現代ドイツで交互に語られるいまわしい物語

『豚小屋』は時間、空間を異にする二つの物語が交互に並行して語られる。それはある一つのテーマを潜在させて、互いが映像的、意味的に交響しあうかのように物語を展開させていくスタイルである。

冒頭に二つのエピグラフが紹介される。この二つの物語のそれぞれを暗示するものだ。

エピグラフ1:我々の良心によくよく照らして、我々は君の不服従のゆえに、君を食べることに決定した。

エピグラフ2:私と妻であるお前は夫婦だ。お前は母-父、私は父-母。我々の息子をやさしさと厳格さで見守っている。ボン市のあるドイツ、ヒットラーのドイツではない。羊毛、チーズ、ビールにボタンを生産している。(大砲の生産は輸出産業である) ちょっと女性的だといわれたヒットラーは殺人者だった。こうして我々の伝統は決定的に改善された。それで? 母-殺人者、彼女にはあふれんばかりの絶望的な愛にみちた青い目の従順なる子どもたちがいて、一方、愛情あふれる母-私には、従順でもなければ不服従でもないこの子がいる。

 

エピグラフ1にあたるシーンから始まる。『テオレマ』でパオロが迷い込んだ人の影すらない荒野である。そこに、ピエール・クレマンティ扮する正体不明の若者が現れる。まれに動くものと言えば、蝶や蛇で男はそれを食べて、飢えを凌いでいるようだ。このピエール・クレマンテは、ルイス・ブニュエルの『昼顔』(一九六七)でカトリーヌ・ドヌーブ演じる「昼顔」に異常な執着をみせる気味の悪い男を好演していたのが印象的である。そして、画面はエピグラフ2にあたる現代のドイツに変わる。こんなふうに、この作品は時代不詳の荒野と現代ドイツとが交互に入り混じるかのように映しだされ、そのいまわしい物語を展開していく。

イタリア人監督によるドイツものといえば、『豚小屋』と同年に公開されたヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』がすぐに想起される。ヴィスコンティはナチス勃興期の頽廃にまみれたドイツを暗い色調で重厚に描き出した。それに対してパゾリーニは、戦後、ナチス時代の暗鬱なイメージを払拭するかのように、みごとに再生、復活したドイツを、ナチスの時代を生きた世代のブルジョアの親とナチスを経験していないその子どもたちの姿を通して思いがけないほどの明るいイメージでもって描き出す。ヴィスコンティとパゾリーニというイタリア映画を代表する監督が、世界的に学生運動が活発化している時期に、同じようにドイツ(ナチス)をテーマにした映画を撮っているということは興味深いことである。

ここでの主人公はジャン・ピエール・レオー。その恋人役のアンヌ・ヴィアゼムスキーとともにゴダールの『中国女』に出演している。そのピエール・レオー扮するユリアンは、大実業家クロッツの一人息子である。この大企業はヴィスコンティが『地獄に堕ちた勇者ども』で描いた財閥のモデルとなった「クルップ財閥」を思わせる。舞台はボン郊外のゴーデスベルク。実際の撮影場所は北イタリアのベネト州にあるヴィッラ・ピサーニである。このブレンタ川沿いにある宏大なヴィッラは、本館の前の楕円形の池とそこから別館へと延びる長く幅の広い大きな泉水、それを取り囲む緑がつくりだす幾何学的な構図の美しい庭園をもつ。まさしくヴィスコンティ映画に「引け」をとらない、すばらしいロケイションで、それは文明の匂いのしない〈荒野〉の映像とは対照的である。

その宏大な邸の主であるクロッツの息子ユリアンとその許嫁として両親が認めるブルジョアの娘、アンヌ・ヴィアゼムスキー演じるイーダ。イーダは十七歳の娘らしい率直さでユリアンを恋するのだが、ユリアンのほうは純粋にイーダを愛せない何か秘密をかかえているようである。そんなすれ違う二人の間で、恋人同士らしくない奇妙な会話が交わされる。イーダがベルリンで行われる政治集会にユリアンを誘うと、ユリアンは「ぼくにはどんな考えもないから行かないよ。たとえ革命的であったとしても、ぼくは順応主義者だったのだ。……ぼくには他にやることがあるんだ」と答え、その「やること」がなにかについては決して触れることなく、「この大きな家には確かになにもない。なにも。あの落葉、あのきしむ扉、あの遠くからきこえる豚の鳴き声……」と詩人のようにユリアンはつぶやくのみである。

その後、イーダがベルリンから帰ってきて、大きな泉水を隔てた両側で二人が会話を交わすシーがある。その美しい建築物を水面に映す泉水をはさんでの会話は二人の越えられない心理的な隔たりを表すかのようでもあるが、それが実ることのない不可能な恋愛の悲劇的な切断面を垣間見せていて、その映像の優美さとともに詩人パゾリーニの演出のみごとさに触れることのできるシーンである。これは同じ二人が主演している『中国女』と比較してみれば、いっそうこのシーンのすばらしさがわかるというものである。