史劇としての『奇跡の丘』
受難 2 p・p・パゾリーニ
キリストよ あなたの少女のような
身体は
二人の異邦人によって
十字架にかけられる。
生き生きとした二人の
若者は血色のいい背中をみせ
空色の眼をしている。
彼らが釘を打ちすえると
衣があなたの腹の上で
揺れる……
ああ、温かい血で
お前たちの身体を
夜明けの色に汚してしまうとは
何というおぞましさだ!
お前たちが幼子だった頃
わたしを殺そうと
陽気な遊びとあどけなさの
ああ、なんと多くの日々が。
周知のように、イタリア映画は無声映画時代から史劇映画を得意としていて、独自なジャンルを形成している。それは舞台となる古代ローマ遺跡や歴史文化の膨大な蓄積だけでなく、豊かな自然光などの自然条件にも恵まれていることがあげられる。『カビリア』(一九一四)などの史劇映画の大作は戦前のイタリア映画を世界的なものとし、戦後、この史劇映画の伝統を引き継ぐかのように、アレッサンドロ・ブラゼッティは『ファビオラ』(一九四七)というスペクタル史劇映画を撮っている。舞台は四世紀のローマで、当時のローマ皇帝は新興宗教であるキリスト教を弾圧していた。そこへキリスト教徒である異邦人の若者がやってきて、弾圧の実態を知り、キリスト教徒であることを隠して立身の道を求め、権力者の宴会でミシェル・モルガン扮するファビオラと出会い……。もちろん、これは単なる史劇ではない。何といっても、ブラゼッティもあの大量虐殺の戦火を生き抜いたのだから。
この史劇映画は四世紀のローマを描きながら、戦争の傷跡の生々しい戦後の〈現在〉を描写しているという意味では、ネオレアリズモの史劇映画といっていいものだ。例えば、キリスト教徒がコロッセオで大量虐殺される場面などは、この映画のハイライトとなるとてもみごとなシーンであるが、もちろんこのシーンを観て、あの大戦の大量虐殺を思わない者はいない。そしてブラゼッティはキリスト教徒の平和主義的な非暴力を、日常生活の次元からリアルに描き出すことで、史劇のなかに、あの戦争を内在的に捉え、批判するという軸を設定することに成功している。
そして、『奇跡の丘』もまた史劇の要素をもった映画であるということができる。マタイ福音書に従って、キリストの生誕からその死・再生までを描いたこの作品は、例えば、ヘロデ王によるベツレヘムでの幼児虐殺のシーンに見られるように、山の斜面を巧みに利用した躍動感のあるみごとなスペクタクルを表現している。それはもちろん、トニーノ・デリ・コリの遠景で捉えられた、すばらしいカメラワークによるものだが、このどちらかと言えば、動きの少ない作品に史劇映画的な動的要素を与えている。
この『ファビオラ』とともにロッセリーニの『神の吟遊詩人 フランチェスコ』(一九五〇)も、『奇跡の丘』に宗教性の原初的なイメージの造形という意味で影響を与えた映画ということができる。これはアッシジの聖フランチェスコの伝記映画ではなく、一四世紀の宗教的な文学書をもとにフランチェスコとその弟子たちの布教活動のエピソードを映画化したものである。荒野のなかに建てた粗末な小屋を教会として伝道活動をするフランチェスコたちの、徹底した清貧、完全なる歓喜を追求する姿がロッセリーニらしいテンポの速いタッチでユーモアたっぷりに描かれる。ほとんど屋外での撮影で、降りしきる雨のなかや雪の舞う泥道を伝道に出かけるシーンはこの監督ならではのリアリスティックな映像である。冬の凍えるような日にフランチェスコと弟子が、とある一軒家へ施しを求めて入って行くと、その家の凶暴な主に追い出され、打ちすえられる。泥土にまみれながらも、フランチェスコはこれこそ完全なる歓喜だという。迫害と苦痛に耐えることにこそ、完全なる歓喜があるのだと。ロッセリーニのレアリズモはフランチェスコという伝説的な聖人を、親和的であったり苛酷であったりする自然や人々(社会)のなかで、その原初的な宗教性において捉えようとしているところにある。それが『無防備都市』や『戦火のかなた』ほどのアクチュアルな衝撃性は失っているとしても、新しい映画の一つの方向性を示しているのは確かである。