除夜の鐘  中原中也
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫〔ふる〕はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。

それは寺院の森の霧〔きら〕つた空……
そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧つた空……

その時子供は父母の膝下〔ひざもと〕で蕎麦〔そば〕を食うべ、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。

その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
その時銀座はいつぱいの人出、浅草もいつぱいの人出。

除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。


 この「除夜の鐘」は、1936年(昭和11年)1月に「四季」に発表された。先々週取り上げた「言葉なき歌」(同年12月に発表)に出てくる「とほいい」、そしてこの詩に出てくる「遠いい」の響きに、なにか独特な印象を覚える。詩の出来はそれほどのものとは思えないが、中也がどのように詩を学び、書いてきたかの一端が伺えて、興味深い。今年の「今週の詩」はこれで終わり、2009年は1月5日から始める。残り少なくなった2008年、「除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。」のルフランを反芻しつつ、一日一日を過ごしたい。(文責・岡田)