不忍池には牡丹だけれど
(しのばずのいけには ぼたんだけれど)
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著者 山本かずこ(やまもと かずこ)
装丁  永畑風人
発行 2000年7月25日
定価  
本体2200円+税
ISBN 4-7952-0996-0 C0092 ¥2200E
[収録詩篇]
不忍池には牡丹だけれど 小学一年生 欲望 赤いタ クシー 女の村 じゆう みずのまち 或る風景 待っている 優 しい感情 それから しゅうめいぎく 夏の記憶 サンドイッチ・ マン 村を歩く 美術館にて メコン・デルタ 秋と一日 もう苦 しまない 真鶴 
[帯より]
この言葉たちは、どこからきたのだろう。このせつなさは──。 いくつもの 日が暮れていく、いくつもの 私が過ぎていく。 不忍池には牡丹だけれど。


しのばずのいけ     ぼたん
不忍池には牡丹だけれど  
山本かずこ

知らないおじさんはかあさんのこと
(アルサロ)に勤めてるんだろうって言った
(アルサロ)ってなあに?
わたしは
不忍の池をながめてはいたけれど
ずっと(アルサロ)という言葉を見ていた
ひらがな、かたかなだったら書けるもん
今日は
知っているおじさんと
かあさんと三人で
上野動物園に行ったの
かあさんにも
やさしいし
わたしにもやさしい
知っているおじさんが
肩車してくれて
わたしはみんなより
いっぺんに背が高くなった

友だちが父さんに肩車されているのを
見るのはいやだった
だから
肩車されているわたしは
自分では気持ちいいけど
いやがっている子もいるかもしれない
と思った
でもすぐに忘れちゃった

戦争で
死んでしまったかわいそうなゾウさん
殺されてしまった話のことは
幼稚園でかなこ先生から聞いたことがある
殺されてしまったゾウさんと
さっき見たゾウさんとは
別のゾウさん
だけど
やっぱりお鼻がながいのね

(不忍の
 池とmegalopolisの
 雨雲には牡丹だけれど)*

さっきから池では
水鳥が三羽泳いでいる 
かあさんと
わたしと
それからおじさん……
         
それにしても(アルサロ)ってなあに?
だけど
かあさんに聞いてみることはしない

そのかわり
かあさん
あの鳥なんていう名前?
振り向いて
鳥の名前を聞いてみたりするだろう


   *辻征夫「蛇いちご」より
  (詩集『ヴェルレーヌの余白に』収録)