木の衝立(きのついたて) 注文する

 
著者 五月女 素夫(そうとめ そふ)
装丁  土田省三 
版画 羽鳥 保

筒井辰也
発行 2000年8月25日
定価  本体1800円+税
ISBN 4-7952-0997-9  C0092 ¥1800E
[収録詩篇]
忘れ難き 木の衝立 残る ぶどう棚テラスから一種 ユートピア景  吃水に存在するある感覚 夜、眼鏡をかける 埋蔵 きみと話すと き 桜花熱帯 暗いぼくたちのマリー 深入り 根の力 そのひとのecho
[帯より]
飛んでいるものではない 飛んではいないecho そのひとは (echo)のよう そこにいる なにがいると いえるだろう  たれのものでもない 文字が刻まれる音が 聞こえてくる


忘れ難き   
五月女 素夫

晴れ間
窓という窓に 敷布団が乾される
梅雨の
アジア、だ
とりどりの 夜具に馴染んだいろ
その曙の みずたまり
裏道ぞいの店なみをはずれて幾らもたたないのに
ノブドウの蔓あけびの蔓
柳とともに
一本の道はひらけたりする
平屋の 市営住宅が四、五軒
デルタに繁る雑草に埋まって見えるだろう
だいぶ遠くから
開け放たれた板の間で まだ若い女がミシンをかけている
──夜になれば この辺りは暗いでしょう?
水べりに手をやりながら話すところが
昔の知りあいというのにはある
駅から自転車で 二十分ちかくかかります
真っ暗で
転んだりしながら帰って来るのですけれど
(思わず涙がでそうになることがあります)
子どもを産んだ
家は
昔日の男に 洗われている
なにも知らないことだが 此処は男がひとり棲んでいた家だ
女が男の話をする
おそらく私が遠くを見ているようになるらしい
彼女は 手をひらひらさせた
そんなとき
穏やかに 暮らしの水は吸いあげられる
この女を 好きだったけれど
さびしい家の下には 男が埋まっている
埋められたもののうえだから
浮かべられていられる
荒れたこの庭に テーブルでもだして
辛いカレーをつくってたべましょうか
ゆうがたの空は ふかみどりをフワリ深まり
むきなおる闇へ カラスウリの花はひらきはじめた
揺れることもなしに
夜をためて
つかまえるように ただ 垂れさがっている蔓
(何故 涙がこんなに ながれてくるのでしょう)
女は席をたった

呼吸だけが、のこっている