【仮想地下海の物語】
序章 アノマロカリス
佐々宝砂
下りてゆく。
氷河の層を貫き
(ウルム、リス、ミンデル、ギュンツ)
白亜の森を抜け昆虫と恐竜に挨拶しながらジュラを過ぎ
三畳紀ペルム紀石炭紀デボン紀シルル紀オルビドス紀
カンブリア紀。造山運動と大陸の移動と生命の爆発。
ハルキゲニアよ。ウイワキシアよ。
バージェス頁岩に封じられた奇態な動物たちよ。
その系統は本当に断ち切られてしまったか。
十四対のひれで泳いだという肉食大型生物アノマロカリスよ。
食物連鎖の頂点にあった生物がなぜ亡びたか。
泳いでゆく。
仮想地下海で私はアノマロカリスに出逢う。
傷だらけでくたびれてでもいまだ攻撃的なアノマロカリス。
私は嬉しくて哀しくて悲鳴をあげながら這いまわり
エビの尻尾みたいなアノマロカリスの摂食器官を撫でる。
私の脚が一本ひきちぎられ血が滴る。
仮想地下海は今夜もにぎやかに荒れているね。
私もあなたも凪いだ海などきらいだ。
そうだろう?
愛しい、愛しい、アノマロカリスよ。
もっともっと私の肉を食べておくれ。
そして声低く私に語っておくれ。
仮想地下海の物語を。
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