詩の雑誌 midnightpress16

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主な内容 2002年夏16号(2002年6月5日発売)内容
●書き下ろし長篇詩
吉増剛造 「囀り gazouillis、           
/ガズイゝ……なきかたがたのこころの数を」

●詩作品/佐々木浩/友部正人/佐藤弓生/安田有/岸野昭彦/
新井高子/宗清友宏/木野まり子
●連載詩2/三上寛
●連載対談 12
中国当代詩の現在 
谷川俊太郎+正津勉/ゲスト 田原
●小特集 中国当代詩事情
財部鳥子/八木忠栄
●平居謙の「ごきげんPOEMに会いたい」第10回
 久野裕康&辻元佳史の巻
●詩の教室 高校生クラス 清水哲男 一般クラス 川崎洋
●詩は生きている15/ 福間健二
●近代詩の通い路5 
「新しい女」たち--平塚らいてうと長沼智恵子/井坂洋子
●高崎通信6 「ハク」/大澤恒保
●那由多亭・イン・ホワイト・プレインズ6
乏しさについて(前)/井上輝夫
●ポエトリー・コミック 「幻を見たり芭蕉」/長谷邦夫
●詩人のコラム「声」/高貝弘也
●よいこのノート「スパイラル・スパイラル」/ハルノ宵子
●風に呼ばれた日「詩」/元山舞
●ジャズのちポエム「ジャズ購読」/萩原健次郎
●読書日録 「わたしにはわからない!」/ 松岡祥男
●根石のコラム「椋鳥」/根石吉久
●翻訳、ことばの鏡/・・・詩も、小説も、おなじ、おなじ/くぼたのぞみ
●書評 辻征夫『ゴーシュの肖像』/小長谷清実
●CD評 谷川俊太郎+谷川賢作『クレーの天使』/元山舞

■表紙「往く船」・目次・本文イラスト 永畑風人
■写真 野口賢一郎


                                   さへず
 今号は、巻頭に吉増剛造氏の書き下ろし長篇詩、「囀り
 gazouillis、           かず
/ガズイゝ……なきかたがたのこころの数を」を掲載することができた。「月は繊維でゞきている、……」(6号掲載)以来だが、この「囀り……」の詩に新しい動きが生成しつつあることに思いを致さないわけにはいかない。■吉増さんのオリジナル原稿をいただいてから--ほんとうは、このオリジナル原稿をそのままカラー印刷して提示できればいいのだが--、DTP(by野口賢一郎)で組み上げられていくまでのそれぞれの過程で、繰り返し詩行と向かい合った。そのたびに、詩の時間--詩を「書く/読む」時間--は深められ、そして、「われわれ」はいまなお、途上にあるのだと思い知らされるのだった。この詩が射程するものは遠い。■そして、谷川俊太郎+正津勉両氏の連載対談のゲストに田原氏を迎えたが、田さんの話を伺ったり、関連の書物を読んだりするなかで、中国のダイナミズムを実感させられた。「中国当代詩事情」と併せてお読みいただきたい。■安東次男氏が亡くなった。よい読者ではなかったが、マラルメの詩を読み解いていく力、あるいは現代詩の展開を追う眼など、これからも参照することだろう。いま、目の前には「東外大教授会を告発する--一教官に対する辞職勧告をめぐって--」(一九六九年)と題される一冊のパンフレットが置かれている。■「権力をもたぬ人間の孤独な闘いの集合体は、最終的には自己の解体にゆきつくはずだし……」。「私は大衆団交当日、学生たちに、諸君は将来けっして管理職などになるな、と訴えたのである。バリケードを解こうが解くまいが終ることのないこの闘いを、ほんとうに勝利に結びつける道はそれ以外にないからだ」。「弾劾する」と題した文章から書き写してみたが、このとき安東氏は知命の人であった。いま、この一冊のパンフレットが含意するものは「不易と流行」であろうか。■なお、今号は、松本亮氏の連載は紙面の都合で掲載することができなかった。また、増頁特別価格とさせていただいた。御了解を乞う(ただし、定期購読の読者に関しては従来どおり)。(お)




冗談 佐々木浩

 

初めてのデート。
昼下がりのジャズ喫茶。
僕は浮かれ過ぎていたから
手を滑らせて
煎れたてのウインナ・コーヒーを
ブルー・ジーンズの股間にこぼしてしまった。
あなたはそっぽを向きながら
絹のハンカチを差し出してくれた。
ひと昔前のヌードのような陰部にボカシがはいった格好だよ、と
僕は冗談を言った。
もちろんあなたは笑ってくれなかった。結婚披露パーティー。
夕暮れのイタリアン・レストラン。
僕は緊張したあまり
手を震わせて
注ぎたてのアスティ・スプマンテを
タキシードの股間にこぼしてしまった。
あなたは遥か彼方に目をやりながら
テーブル・ナプキンを差し出してくれた。
天使だけじゃなく小便小僧までが祝福してくれたよ、と
僕は冗談を言った。
ちっともあなたは笑ってくれなかった。結婚記念日。
灯かり燈した台所。
あなたはつきっきりでビーフ・シチューを煮込んでいた。
僕は食卓についてボジョレー・ヌーボーのコルクを抜いたけれど
股間にこぼすなんてこともなかったから
ほっとして冗談を言った。
ビーフ・シチューを鍋ごと僕の股間にひっくり返さないでおくれよ。
きっとあなたは死んじゃうでしょうね、
白木の棺に横たわる経帷子の股間のそばに
あたしの手で色とりどりの花を供えてあげようかしら、と
あなたまでが冗談を言った。
僕は笑った。
あなたも笑った。
僕らはひと晩じゅう笑い転げた。