中西梅花の詩~その諧謔性~

 

 

 1 中西梅花の詩篇と人

 

詩窓の一篇 今回、というより最初と言い直した方がいいが、初回として取り上げる詩として詩窓に浮かんだのが、創成期の詩人の一人である中西梅花の詩である。広く知られている詩人というわけではないが、現在では日本近代詩の始まりを知る上には看過できない詩人である。年代的には北村透谷と同時代である。

ところで、創成期(註一)に関心が及ぶのは、一般的にはそれが日本近代詩の始まりであるという単純な詩史的関心にあるが、詩論的には、どのようにして始まったかという、その後の詩史からでは得難い、詩全般に対する認識上、開始段階であるが故の、新鮮で覚醒的な知見が得られるからである。かりに同詩人を念頭に置いて箇条書き風に記せば、関心が惹起されるのは、大きく次の三点である。

イ 日本近代詩は詩人からはじまったのではないことの意義。

ロ それでも詩であったことの意味。

ハ その上で中西梅花が最初期の詩人の一人であったことの理由。

ただし、本稿(本連載)の眼目は、あくまでも詩窓に浮かんだ詩との対峙にある。イ~ハもそのための関心でしかない。したがって、かりに議論が研究史に立ち入るようになったとしても、詩読の充溢が優先する。それに筆者の能力から見ても、本格的な議論は期待できるわけではない。あくまでも目的とするところは、詩作品を深く味わいたいためであって、そのための詩史参入である。

まずは詩窓に浮かんだ一篇を掲げ(ただし長篇なので一部)、若干の詩人の紹介と詩読感を記し、副題の前提とする。出典は、『明治文學全集六〇 明治詩人集(一)』(筑摩書房一九七二)である(註二)

 

 ふりかへれバ、我年ハ、

 かぞふれバ、我としハ、

   四五千年にやなりぬ覧、

    進みきたりぬ、我知慧ハ、

    殖てきたりぬ、我知慧ハ、

      進みきたれバこそ、

                  ふえきたれバこそ、

            名も無きに名をつけて、

     理學、哲學、猫、杓子、

 アハゝ、アッ、ハッ、ハ

    我知慧ハ凄まじ、

    わが知慧えらし、

     それでこそ理學、哲學、猫、杓子、

      唯いろいろに名を附て、

      底無き穴によつ這ひて、

    頭ハ、蜘蛛の圍に、

    顔ハ、かハほりに、

      息もたへだへ迷ふ人、

      あハれハれ、アナあハれ」

               (「出放題」部分)

 

正確な作成年代は、初出を含めて未詳ながら(岩波・新日本古典文学大系脚注)、明治二四年三月刊の『新体梅花詩集』(博文館)に収録された二一篇中の一篇である。後述するように詩を書き出したのは、刊行以前数年内のことで、刊行時から遡っても二年程度である。因みに初出年の判明するものの最古は、明治二二年一〇月である。掲出部分は、同詩篇の後半部分の一部(一九行)である。全体では一二〇行にわたる長詩である。

 

 

(註一)日本近代詩の区分として「創成期」を使うのは、河出書房版『日本現代詩大系』(昭和二五年)による。「創成期」の後は、「浪漫期(上)」「浪漫期(下)」として、「近代詩(1)」に続ける。「近代詩(1)」の冒頭を飾るのは、北原白秋である。創成期の年代は「解説」(山宮允)によれば、解説表題として「創成期概観――草創より明治二八年迄――」とされているが、「明治二八年迄」は、解説分担上の都合によっている感じである。日夏耿之介は、河出書房版の編集の一員でもあり、自ら第二巻「浪漫期(上)」を担当するが、自著『改訂増補明治大正詩史』が拠る「草創時代」「浪漫運動」の区分では、明治三〇年を区切りとしている。出典とした『明治文學全集六〇』の編集者矢野峰人も、「創始期の新體詩――『新體詩抄』から『抒情詩』まで――」として明治三〇年である。時期区分や付与年代は、そのまま成立期の日本近代詩観にかかわる問題である。明治三〇年は、論旨上からも本稿が拠る年代である。

(註二) なお、本稿の引用は、詩篇に限らず、ルビ、圏点等を一切省いている。ただし字体は原典に従って旧漢字のままとしているが、繰り返し符号中、二字連続の「くの字点」は、変換が難しいため、連続表記とした。たとえば、冒頭引用詩を使えば、「唯いろいろに名を附けて」では、「いろいろ」は本来「くの字点」表記になっている。

壱 はじめ(いちはじめ)1950年生まれ。詩論集「北に在る詩人達」、音楽論「バッハの音を「知る」ために」など。ブログ:http://ichihajime2012.blogspot.jp/  ツイッター:https://twitter.com/hawatana1

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