「抜刀隊」の詩詠 読み方によっては、かつての戊辰戦争での賊軍が、志士に人格的に優位の立場を勝ちえたかのようである。実はそう読むべきなのである。作者のゝ山仙士外山正一は、幕臣に父を持つ身である。最後は東京帝国大学総長(明治三〇年)から文部大臣(明治三一)まで上り詰めた身ながら(ただし二か月で内閣総辞職)、出自は違っていた。対極に立っていた。「敗者」の側だった。しかし単なる敗者ではなかった。なぜなら彼は、その語学力と学力によって勝者(維新政府)を相対化しうる立場を自らの手で切り開いたからである。
必要上、『新体詩抄』刊行までを略記すれば、幕府留学生(慶応二)ー祖国政変による帰朝(明治元)ー駿河徳川家静岡学校教授(明治二)ー外務省に招聘され森有礼随員として渡米(明治三)ー辞職し留学生の身分を得て滞在延長(同五)ー帰朝後開成学校教授(同九)ー東京大学教授(同一〇)ー同大学文学部部長(同一四)ー『新体詩抄』刊行(同一五)となる。
ここではこれを個人の経歴として見るのではなく、時代的な「新体」が個人を襲ったそれとして見るのである。時代は二者に別れていたからである。戦勝者と戦敗者にである。外山正一の経歴から見出せるのは頌歌としての新体詩である。表面化していないが、これは新体詩を隠れ蓑にした「勝利の歌」である。相対化がなさしめたものである。長いので初聯と終の二聯を掲げる。
抜 刀 隊
我ハ官軍我敵ハ 天地容れざる朝敵ぞ
敵の大将たる者ハ 古今無雙の英雄で
之に縱ふ兵ハ 共に慓桿決死の士
鬼神に恥ぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
起しゝ者ハ昔より 栄えし例あらざるぞ
敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に
玉ちる劒抜き連れて 死ぬる覺悟で進むべし
(略)
弾丸雨飛の間にも 二ツなき身を惜まずに
進む我が身ハ野嵐に 吹かれて消ゆる白露の
墓なき最後とぐるとも 忠義の爲に死ぬる身の
死て甲斐あるものならバ 死ぬるも更に怨なし
我と思ハん人たちハ 一歩も後へ引くなかれ
敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に
玉ちる劒抜き連れて 死ぬる覺悟で進むべし
我今茲に死ん身ハ 君の爲なり國の爲
捨つるべきものハ命なり 假令ひ屍ハ朽ちぬとも
忠義の爲に捨る身の 名ハ芳しく後の世に
永く傳へて残るらん 武士と生れた甲斐もなく
義もなき犬と云ハるゝな 卑怯者となそしられそ
敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に
玉ちる劒抜き連れて 死ぬる覺悟で進むべし
抜刀隊は、警視庁巡査隊選抜の腕利きである。旧会津藩士や旧幕臣も少なくなかった。敵の大将は言うまでもなく西郷隆盛である。したがって相対化の程を子細に説くまでもないが、終り二聯はとりわけ感慨深いものがある。読もうと思えば、裏側に「敗者」の復権を声高らかに謳っているようにも読めてしまう。新体詩であることの意味は、負の経歴を有する者とってとりわけ大きい。相対化はいまや精神性に及び、彼に失地回復ならぬ時間の回復を許すからである。
壮士が、「詩人」としてなすべきに相応しい事業であった。いまや外山正一の新体詩は、彼にとってのある意味「玉ちる劒」であった。奇しくも西南の役で熊本城救援に当たって選抜隊を率いた、旧会津藩の国家老山川浩(当時陸軍中佐)の歌に詠まれた「太刀」とは相思の関係にある。
薩摩人 見よや東人の 丈夫が 下げ佩く太刀は 利きか鈍きか
ともに「現実が詩である『詩』」が、詠ませたものである。したがって読み手の条件は詩人であることの条件を免れる。しかし山川の作歌が、志士吟詠にとどまるところ、外山の作詩は、従来にない新たな「口演体」を企図したのであり、それがあげて詩歌の心気に超越的たらんとするところに、条件的に彼を詩人とする。しかし彼からではなく、詩の側からの要請であるところで、その場限りの詩人である。
両者の条件の違いは、山川の執る「太刀」と外山の握る「劒」との違いでもある。しかしそれも、相対化を超えて絶対化を生きるべく宿命づけられた山川にとっての生身の「身体」と、外山の相対化にとどまる「新体」との違いであることを思えば、現実を生きなければならない個人にとって、いずれが自己実現に親和的な詠であるかは、一概に言えることではない。
それでも詩(新体詩)でなければ自己実現が適わない者たちがいた。同じ敗者でも敗者のままに生きる途を自分の途とした族である。端から相対化では終えられぬ生命を〈内部生命〉として呼び込んだのである。詩による絶対化を企図した連中である。その結果としての詩人の誕生だった。この際、詩人とは絶対化の異名であった。中西梅花は間近い。
外山正一
山川浩
壱 はじめ(いちはじめ)1950年生まれ。詩論集「北に在る詩人達」、音楽論「バッハの音を「知る」ために」など。ブログ:http://ichihajime2012.blogspot.jp/ ツイッター:https://twitter.com/hawatana1
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