ここでひとつ国柱会に関連して言いますと、賢治自身は本当にのめり込んだかどうかというと、作品を読んでみると真偽のほどはわかりません。一時的に熱を帯びていたとは思いますが、田中智学の周辺の人に「そんなに焦らないで、岩手に帰ってもう少し落ち着いて勉強しなさい」と言われるんですね。でも賢治の性格上、一度思い込むとずっと入り込んでしまう。ただ、ある時期でその熱も冷めたと思う。というのも、トシ子が亡くなったのちに樺太まで一人旅して書かれた「青森挽歌」「オホーツク挽歌」などを読むと、どことなく宗教心から抜け出はじめていることがわかる。人によっては賢治は法華経だけを追い求めたといいますが、作品自体をみると詩人自身の独自の世界観が見えてくる。
これは以前に「山羊散歩」で取り上げた八木重吉にも言えます。重吉さんのキリスト教信仰だけでその作品を見てはいけない。テキスト自体と向き合うとき、信仰心だけで考えては掴みきれないものがあります。たとえば賢治の童話の「貝の火」「ひかりの素足」などはキリスト教の要素も強く入っています。単純に仏教詩人として祭り上げるのはきわめて危険なことです。むしろ賢治の場合、宗教性を自分の世界で純化させていく。有名な「よだかの星」ね。あの純粋志向は、どんな世界にも共通するものですね。名前を「市蔵(いちぞう)」に変えさせられて、名札を首にかけられる、なんていうのはアイデンティティーの喪失の問題でもある。おっと、こんな町角に突っ立ってると賢治みたいに布教活動しているみたいに見られちゃうかな(笑)。では、護国寺駅まで電車に乗って、トシが入院した病院跡地に向かいましょうか。
田中智学
トシと賢治、「永訣の朝」まで
着きました。ここが妹トシが入院した旧永楽病院で東京帝国大学医学部付属病院小石川分院の跡地です。すでに昔の病院の姿はありませんが、ススキがたくさん生えてて、何かを感じますね。ここでトシが亡くなるまでのことを少し述べます。
妹トシはスペイン風邪に感染してここに入った。一九一八年(大正七年)の年末です。賢治と母イチは知らせを聞いて花巻を出て、永楽病院近くの雲台館に宿をとり看病にあたる。賢治は東京滞在中、トシの病状を報告するため父に四十六通の書簡を出しています。トシは翌年の二月まで入院しますが、賢治はたいへん献身的に看護をしました。見舞いにきた親戚筋の人のこんな言葉が残っています。
「病院で賢治がとし子さんを看病する有様をおぼろげにはいまも知っておりますが、便のしまつから服薬、またいちいちその日の状態を医師に問い合わせたり、青年のできないようなことを、実に克明にやられるのでした。……」(関徳弥『随聞』 校本宮沢賢治全集 第一四巻 筑摩書房より)
永楽病院跡
退院後、賢治とともに花巻に戻り静養し、日本女子大も卒業。このころトシは賢治の短歌六六二首を清書し一冊にまとめています。
その後体力が回復し、母校花巻高等女学校の教諭心得となり英語と家事(家政科)を担当。新しい女性の生き方に理解のあった父親は、母校に教諭として戻った娘を誇りにしていたといわれます。しかしまた翌年一九二一年、大正一〇年九月にトシは喀血。東京にいた賢治はすぐに故郷に戻り看病に入ります。トシの勧めもあって、花巻農業高等学校(旧稗貫郡郡立稗貫学校)の教員になるのもこの時期(一九二一年十二月~一九二六年三月まで約四年数か月教員として働く)。賢治はトシの病室にやってきては南無妙法蓮華経をとなえたといわれます。宮澤家ではこの当時トシだけが賢治と同じ信仰をもっていました。
一九二二年十一月二七日、朝から外にはみぞれが降っていた。トシは賢治に頼んでとってきてもらったみぞれを食べ、さっぱりしたと喜ぶ。その夜、いよいよ最期という時、父、母、弟、妹が見守り、賢治が耳元で南無妙法蓮華教を叫ぶなか、トシは亡くなります。(享年二十四歳)。
ここで、賢治が妹トシに捧げた詩「永訣の朝」を読みたいと思います。
永訣の朝
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいつしやあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
さうえん
© 詩の出版社 midnight press All rights reserved.